院長ブログ

2009.10.05更新

1959年生まれです。

大阪市天王寺区で育ちました。

五條小学校、夕陽丘中学、清水谷高校を経て大阪大学工学部に入学しました。

大学に入学してすぐにクラブ活動は軽音楽部(ロック)に入りました。

当時の阪大のロックはかなりの腕利きぞろいで本当にすごい先輩がいっぱいでした。

とくにうまい先輩はほとんどの人が留年していました。

私はその時ギターがうまくなるには留年しかないと思いました。

そんなバカでしたので本当に留年してバンド活動にあけくれていました。

おまけにバンド仲間と始めたサーフィンにもはまり週末の夜からオンボロぐるまにのって伊勢の海までよく出かけたものでした。

そんな学生生活を続けていましたので同級生が卒業するころにすこしあせりを感じ、このままではまともに就職もできないのではと思いました。

そんなおりに歯学部の転入制度があるのを知り歯医者なら留年しようが年をくっていようがなんとかやっていけると思い転入試験にむけて猛勉強しました。

そしてなんとか歯学部に入ることができました。

ところが今は歯科医の数が増えすぎて本当に大変な時代になっています。

歯学部の学生の時にある先生に工学部から転入してきた事を知られると「あほやなーなんで工学部やめてこんな大変なとこへ入ってきたんや。」と言われました。

今ではその言葉本当に正解だと思います。

実際のところ工学部の同級生はみないまでも押しも押されもしない大企業に就職しました。

歯科医のとりまく環境は本当にたいへんですが歯科医になった事を後悔したことは一度もありません。

歯科医療の奥の深さに感謝する日々です。

趣味のバンドだけは今でも懲りずに続けています。

おやじバンドコンテストにも何度か出ました。

そこに来ている連中はみな私と同じでバンドは一度やったら止められませんという感じです。

きっと後期高齢者バンドコンテストもそのうち開かれるでしょう。

もちろんその歳まで生きていれば参加しますけど!


投稿者: はた歯科